月彩 Tsukisai...*

歳時記・旧暦・季節暦・美し和言葉・暮らし雑学…☾*

弥生三月 雛の月

弥生
長い雪の日々からすこしずつ春の日差しが長くなり雪解けが一気に進む3月。
その喜びと、感謝の思い。春にむけての希望の時期。

草木がいよいよ生い茂る月という意味。
季節:仲春(ちゅうしゅん) ※啓蟄から清明の前日まで。

3月に入りいよいよ春の始まりです。
弥生の「弥(いや)」は「いよいよ」「ますます」を意味します。
「生(おい)」は、「生い茂る」と使われるように草木が芽吹くことを意味します。
「木草弥や生ひ月(きくさいやおひづき)」が詰まって
「いやおひ」→「やよひ」となったという説が有力です。

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植物も冬の雪の下から芽が出始めます。
新しい息吹を感じる活動の季節が来たのです。
中旬には彼岸に入り、「暑さ寒さも彼岸まで」
寒い日、暖かい日が交互に続く「三寒四温」、次第に暖かくなり春本番を迎えます。

花粉が飛散する時期でもあります。
今年は近年稀に見るスギ花粉の“大量飛散年”と言われています。
二千万人ともなればもう公害、環境問題ですよね。早めの対策が必要です。
花粉症に負けない身体作り、食事にも気を遣いましょう。
春野菜も出回り、食卓も春の装い、サラダなど沢山食べて
身体の中から綺麗にいたしましょう。

また、3月は「去る」とも言われ卒業、転勤のシーズンです。
人々の環境も変化の多い月です。後半には桜の開花予想も聞かれます。

三月といえば、ぼんぼりに明かりを灯すひな祭り、桃の節句です。
節句は節供(せっく)ともいい、ルーツは中国で、節は季節の変わり目のこと。
一年の季節の変わり目に五つの節日(せちにち)を設け、その節目節目を
無事に過ごせるよう邪気を祓い無病息災を願う行事が「五節供」となりました。
五節供とは、一月・人日(じんじつ)、三月・上巳(じょうし)、
五月・端午、七月・七夕、九月・重陽(ちょうよう)の節供をいいます。

節供は季節の節目に供え物をするという意味もありますが
その時季の植物から生気をもらい、邪気を祓って長寿健康を願う行事でもありました。
一月のみは一日が年の始めになるので七日に設定され七草の節供、
三月・桃、五月・菖蒲、七月・笹、九月・菊と
当時薬用となる植物が選ばれました。

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三月の異称には、代表的な【弥生】から始まって
花月(かげつ)、嘉月(かげつ)、桜月(さくらづき)、称月(しょうげつ)
禊月(みそぎづき)、蚕月(かいこづき)、桃月(ももつき)、宿月(しゅくげつ)
花見月(はなみづき)、春惜月(しゅんせきづき)、夢見月(ゆめみづき)
早花咲月(はやはなさきづき)、晩春(ばんしゅん)、暮春(ぼしゅん)
季春(きしゅん)、末春(まつしゅん)、殿春(でんしゅん)、暮陽(ぼよう)と
何となく字面から意味が分かるものから
竹秋(ちくしゅう)、花飛(かひ)、中和(ちゅうわ)、穀雨(こくう)
清明(せいめい)、桃浪(とうろう)、花老(かろう)
春章暮律(しゅんしょうぼりつ)、未垂(みすい)、姑洗(こせん)
載陽(さいよう)、五陽(ごよう)、など、ひねった言い方のものまで
約四十余りあります。

弥生というのは、イヤオイ、すなわちますます生長するという
言葉の詰まったものといわれています。
花月、桜月、桃月は、これらの花がこの月に咲くことから。
禊月は雛のみそぎをすることから付いた名前。
夢見月はついうつらうつらと夢見がちになるという意味です。
暦の上では春の終わりとはいえ、実際はこれからが春らしくなる月です。
暑さ寒さも彼岸までということで、彼岸の中日(春分)頃には
寒さも打ち止めになり、生活にも一区切りの月です。

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三月と言えば三月三日の【雛祭り】。
ひなの節句・桃の節句・三月節句・重三(ちょうさん)などと呼びます。
五節句(人日=一月七日・上巳=三月三日・端午=五月五日
・七夕=七月七日・重陽=九月九日)の一つです。

雛祭りの起源には諸説あるようですが、人形を用いて穢れを祓う
という風習から来たというのは、【源氏物語】にも出ているようなので
起源としては古いんじゃないでしょうか。
それから時代が下がって、室町時代・江戸時代となるにしたがって
それが玩具としての要素を帯びて、雛人形を飾って
女の子の厄除けと成長を願う行事に発展しました。

桃の節句に飾られるお雛さまは、もともと皇族の婚礼の様子を表したものです。
お雛さまやお内裏さまのお召し物、また仕えの者に、供え物、調度など
全部実際のしきたりに従って作られています。
見事な十二単で着飾った雛人形ですが、本来の上巳の節句は
清らかな水で心身のけがれ祓う行事でした。
人形で全身をなでる所作をした後に、ふぅっと息を吹きかけて
その人形を川や海に流します。それは、自分のけがれを人形に移し
身代わりとして水に流してけがれ落としをするもの。
古代日本の水への信仰と、古代中国のならわしが合わさった行事だそうです。

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昔、三月は農作業にとって大事な節目の季節として、心身を浄め
慎んで暮らす物忌みの時期とされていました。
苗が育ちますように、秋には豊かに実りますようにと願いを込めました。
豊穣を祈る節目のしきたりとして、人形流しには田の神様を迎える身支度という
禊の意味があったそうです。
地方によっては、今でも簡素な紙雛を川に流す、流し雛の行事が残っています。
それが美しい飾り雛に代わったのは、室町時代に中国から胡粉を塗って
人形を作る技術が伝わって以来のこと。
それを前後して、京都御所を中心とした宮廷貴族の間で、絹を用いた造花、
有職造花を折々の行事に飾る慣習が生まれた。
十七世紀前半、元和・寛永の頃、後水尾天皇の中宮、東福門院和子が
人形を愛でたことから公家に広まり、寛永雛という雅な雛人形が生まれたそうです。
それが徳川家にも及び、十七世紀後半、五代将軍綱吉の頃
武家でも盛んになったそうです。

さらに庶民に広まったのは、明治以降といわれています。
宮廷文化の極致ともいえる有職飾りですが、桃の節句には桜や橘の有職造花や
飾り雛を床の間に華やかに飾ります。

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かつては【上巳の節句】といったのが、いつしか
【桃の節句】と呼ばれるようになったのは、なぜ?
一つには、旧暦の三月三日がちょうど桃の花の開花時期と重なることから
旬の花を雛飾りに用いたためと思われます。
もう一つには、桃には邪気を祓う力があるとされたことから、穢れを落とし
身を清める上巳の節句が、桃の節句になったんじゃないかと言われています。

左近の桜、右近の橘。
雛飾りでは、左に桜、右に橘を飾ります。

もとは平安時代の内裏、皇居の【紫宸殿】(ししんでん)という
正殿の正面に左手に桜が、右手に橘が植えられていたことから来ています。
これを「左近の桜 右近の橘」と呼びました。
時代が下がり、京都御所が建てられたときも
紫宸殿には左近の桜、右近の橘が植えられ今に至ります。
ちなみに、古くは左近は梅だったようです。それが桜に代わったのは
内裏が消失したからとか、梅が枯れて代わりに桜を植えたからともいわれています。
橘は不老不死の非時香果(ときじくのかくのこのみ)として
『古事記』などに登場したりする常緑の木です。
生命力に満ちた橘は昔から愛でられてきました。

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 桃
桃の節供の「桃」は三月を代表する花です。
桃には、花を楽しむ花桃(はなもも)と、実を採るための実桃(みもも)があります。
桃は、日本では古くは『古事記』の中に、伊邪那岐命(いざなぎのみこと)が
3個の桃で追手を撃退した話があり、中国では、西王母伝説・桃源郷伝説にも
みられるように不老長寿の果実とされています。
早く花が咲き実が多く繁殖力が強く、字の作りの「兆(きざし)」は
多産の象徴で実の形が生命力を表現しているといわれます。
また花の赤色と特有の薬味が邪気を祓うとされ、古代中国では
死者の胸に桃の木を置いたり、門戸に立てたり、身につけたりしていました。
また、宮中の「追難の儀」において、桃の枝、桃の弓、葦の矢で
疫鬼を追い払うのに使用されました。物忌や祓えを行うにあたり
悪鬼をはらい豊作を祈る心が込められています。

(菜の花)
季節の花ということで、春をイメージさせる花であるためか
桃の花の他に菜の花を飾る習慣も有るそうです。

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【啓蟄(けいちつ/3月5日ころ)】
暦の上での二十四節気の一つで「雨水」の後15日目で3月5日頃にあたります。
「啓」は『ひらく』、「蟄」は『土中で冬ごもりしている虫』という意味で
土の中で冬ごもりをしていた虫が春の到来を感じ、這い出す頃です。
草木が芽吹く頃、虫が這い出し、北国では福寿草が咲き
東京ではモンシロチョウが飛び始めます。
【春分の日(3月20日~21日ごろ)】

太陽が赤道上の春分点に達し、昼と夜の長さがほとんど同じになります。
この日を過ぎると夏至までの期間は段々昼の時間が長くなっていく。
昭和23年に「国民の祝日」に制定されました。
旧暦2月の「中気」という節気で、お彼岸の中日でもあります。
太陽が真西に沈むこの日は仏教では特別な日とされ、この日に死者の冥福を祈り
供養すると、迷わず成仏できるといわれている。
おはぎ、草もち、五目ずし、稲荷ずしなどを供えて墓参りをする習慣があります。
「暑さ寒さも彼岸まで」とよく言われるように
この日を過ぎるとめっきりと春めいてきます。

【彼岸(3月17日~23日)】
春分・秋分の日をはさむ前後7日間を彼岸と言い、春・夏の2回あります。
最後の日は彼岸明けといいます。彼岸の7日間は、お寺や各家庭で
彼岸会の法要が営まれます。仏教では現世を此岸
(しがん)というのに対し、死後の境地を彼岸と言います。
この彼岸の期間に亡き人を供養し、新しい水と花、線香を供え
墓参りをするのが一般的。各地方によっていろいろな習慣があります。

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三寒四温(さんかんしおん)
冬から春にかけて寒い日が三日、その後に暖かい日が四日続く
といったぐあいに、寒暖が繰り返される現象を三寒四温と呼びます。
中国に由来される言葉で、朝鮮半島や中国東北部、華北地方では
顕著に見受けられますが、日本ではそれほど規則正しい周期はないと言われています。

菜種梅雨(なたねづゆ)
三月中旬から四月にかけて、菜の花が咲き始めるころ
雨になったり霧がかかったりして、ぐずついた天気になることがあります。
これを菜種梅雨、もしくは春霖(しゅんりん)と呼びます。
霖とは長雨のことをさしますが、このころの長雨は
夏前の梅雨ほどのうっとうしさは感じられません。

春霞(はるがすみ)
春の季節に立つ霞をいいます。
霧と霞は違っていて、気象的には視界が1キロ未満のものを霧
それよりも遠くを見渡せるけれど、景色がぼやけて見えるものを霞といいます。
霞はカスミと読みますが、モヤとも読みます。
カスミは気象観測上の用語ではありません。
煙や雲がたなびいたり、霧やもやなどのため遠景がぼやけて見える状態をいいます。
遠景に棚引いている薄雲は霞ですが、その中に入ると
霧の状態ということもあります。しかし、霧が棚引くという言葉はなく
立ち昇るは雲ではいいますが、霞がたちのぼるとはいいません。

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「木の芽風」という美しい言葉がありますが
木の芽を温かくはぐくむかのように吹く春風をいいます。
少し温かな日には、少し遠出して散策するのも良い時節です。
山野を眺めると生気感じられ、緑かかったり、ほの赤いような感じがします。
木々が芽吹き生気あふれる山の様子です。
一方、気象庁の区分では、春は3月から始まります。

春は草木の芽が「張る」「芽が膨らむ」からきていると言う説があるように
これからは、草木の芽が膨らんで
膨らんだあとで花になったり、葉になったり
まさに生き生きした季節がやってきます。
つまり、弥生と春は同じような意味の言葉なのです。

桜のつぼみもふくらみ始め、日ごと春らしさを感じる3月。
暖かい日差しを感じて心うきうきしてきます。
「春」の語源は草木の若芽が張ってくる季節。
日脚が延び、夜明けが早くなりました。
この季節になると、朝6時前には東の空はうっすらと
紫色から淡いピンクの、暖かく柔らかい春の光になってきます。

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『春は曙 ようよう白くなり行く山際 少しあかりて 
紫だちたる雲の細くたなびきたる』 清少納言・枕草子

昔から日本人は、光の色からも季節の移り変わりを敏感に感知し
暮らしの知恵を生み出し、俳句や和歌を詠んだのです。


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